薬剤師の「市場価値」が激変している
転職意向が最も高い20代薬剤師が直面する現実
薬剤師の転職市場は慢性的な人材不足による「売り手市場」が続いてきたものの、2025年9月時点では、大手調剤薬局やドラッグストア(DGS)を中心に中途採用を絞る動きが見られ、企業による選別が加速しています。
薬剤師の転職意向は他の年代と比較して20代が最も多く転職意向を持っていると言われています。薬剤師が転職を考えるきっかけとして「業務負荷が高い」、「給与への不満」、「人間関係への不満」等が挙げられます。特に20代は、キャリアの基礎を築く非常に重要な時期であるにもかかわらず、こうした初期の職場でスキルを習得できなければ、30代以降のキャリアパスが限られ、仕事の単調化や転職市場での価値低下を招く可能性があります。
「対物」から「対人」へ。求められる役割の構造的転換
薬剤師を取り巻く環境は、2015年に厚生労働省が策定した「患者のための薬局ビジョン」が示す通り、「対物業務から対人業務へ」と大きく舵を切っています。これまでは調剤や医薬品の管理といった「対物」業務が中心でしたが、現在は服薬期間中のフォローアップ義務化やかかりつけ機能の推進、地域包括ケアシステムへの参画が強く求められています。
この変化を裏付けるように、2016年度調剤報酬改定では「かかりつけ薬剤師」を評価する項目が新設され、2018年度の改定では「地域支援体制加算」が「基準調剤加算」の廃止に伴い新設され地域社会へ貢献できる体制や多職種連携などが評価されるようになり、更に在宅業務の算定要件の見直しがありました。2020年度の改定では対物業務中心の「調剤料」の割合を減らし、対人業務である「薬学管理料」の割合を増やす方向性が明確になり、更に医療DX化を見据えて情報通信機器を用いた項目が追加されました。そして2022年にはリフィル処方箋の導入、2024年にはそれまでに進んできた薬局・薬剤師業務の評価体系の再編や医療DX(マイナンバー保険証の利用や電子処方箋の評価)がさらに進み、また上記の合間の2019年に発出された「非薬剤師による調剤補助業務の明確化(いわゆる「0402通知」)」は、薬剤師が対物業務が軽減され、対人業務や専門性の高い業務に注力するための舞台を国が整えたと解釈できます。
こうした環境下で、20代の薬剤師が目指すべきは、知識を実際の現場で応用・活用できる「実践力」の束、すなわち「スキルセット」の習得であり、これこそが将来の変化に耐えうる「汎用的スキル(ポータブルスキル)」となります。
教育体制の「格差」がキャリアの分岐点となる
「見て覚えろ」が引き起こす若手の燃え尽き症候群
多くの若手薬剤師が転職を考える理由の上位に「人間関係の不満」が挙げられますが、その背景には新人教育の不備や、指導体制の未熟さが潜んでいることが少なくありません。
特に「見て覚えろ」式の放置指導や、抽象的な指示(「ちゃんとやって」「しっかり確認して」など)は、新人の不安とストレスを増大させ、自分で考える力を奪い、受動的な薬剤師を育ててしまいます。これは、単に新人個人の問題に留まらず、調剤ミスなどの医療安全上のリスクも高める可能性があります。
また、人間関係の悩みは、閉鎖的な空間で少人数(調剤薬局など)で働くことが多い薬剤師にとって、特にストレスが大きくなりがちです。実際に、人間関係のストレスにより円形脱毛症になったという薬剤師の体験談もあります。
病院薬剤師と調剤薬局の新人教育のリアルな違い
薬剤師の新人教育の現場は、勤務先によってその文化や内容に大きな違いがあります。
- 病院薬剤師の教育体制
- ○特徴: 病院では「家族制度」といった伝統的な教育制度が存在し、先輩薬剤師が「親」のように薬学的指導だけでなく、社会人としてのマナーやメンタル面まで包括的に面倒を見る慣習がみられることがあります。
- ○内容: 病棟担当の薬剤師や勤務医を招いた疾患と薬物治療の勉強会が開催されることがあり、注射の払い出しや麻薬の廃棄など高度な管理業務やチーム医療のスキルを学ぶ機会があります。
- 調剤薬局の教育体制
- ○特徴: 多くの薬局では、マニュアルに沿った教育スタイルが原則とされており、これにより誰でも平等に指導を受けられるメリットがあります。しかし、指導者の裁量が限定され、教える側のやりがいが損なわれたり、教わる側が納得感を得られず成長を実感しづらかったりする可能性があります。
- ○内容: 指導は「よく処方される薬のリスト」に基づき、過去の調剤ミス事例を参考にしながら進められることが多いです。また、模擬練習を取り入れ、電話対応や疑義照会、投薬の練習を行う職場もあります。
大学で学んだ知識だけでは現場の応用力に直結しない「知識のギャップ」や、正確さと効率性が求められる「業務スピードのギャップ」を埋めるためには、体系的で実践的な新人研修が不可欠です。
教育体制が整った職場の見極め方
転職を考える20代薬剤師にとって、教育体制の有無は将来のキャリアを左右する重要な指標です。採用に成功している薬局の特徴として、中途入社でも丁寧な研修体制があることや年間休日120日以上、残業時間が少ないことが挙げられます。
特にキャリア形成において、職場の「研修体制」や「ロールモデル、メンター制度や指導体制」に対する満足度が低いという病院薬剤師の調査結果があり、これらの要素が整っている職場こそが、若手の成長を重視している証拠です。
- 確認すべきポイント
- ○体系的な研修: 新卒と同じ研修を受けられるか、認定薬剤師の取得サポート
- ○指導者の質: 上司や先輩が「やってみせる→説明する→やらせる→フィードバックする」という基本を実践しているか、「Why(なぜ)」を説明する姿勢があるか。
- ○心理的安全性: ミスを報告しやすい文化があり、失敗を感情的に叱責するのではなく、改善点を一緒に考える環境があるか。
20代で身につけるべき「市場価値の高いスキル」ランキング
20代は、専門知識(薬剤知識)の土台を固める時期であると同時に、将来のキャリアの幅を決める「ポータブルスキル(汎用的スキル)」を習得すべき時期です。転職市場において、調剤経験があるのは「大前提」であり、それに加えてどのような付加価値を提供できるかが問われています。
第1位:信頼と安全を生む「コミュニケーション力」(傾聴と発信)
コミュニケーション力は、あらゆる転職市場において最も役立つスキルとして認識されており、薬剤師の転職エージェントからも「これからの薬剤師に重視されていくスキル」の第1位として挙げられています。
- 患者対応における重要性
- ○良好な信頼関係を築くことで、患者は些細な体調変化も報告しやすくなり、副作用の早期発見につながります。
- ○患者の不安や疑問に共感的に応対し、傾聴することで、治療継続の鍵となる重要な情報を引き出せます。
- ○専門用語を避け、高齢者や聴覚障害のある患者など、相手の状況に応じて臨機応変にわかりやすい言葉で説明できる応用力が必要です。
- 職場連携における重要性
- ○医師への疑義照会では、「間違っている」という表現ではなく、「確認させてください」「ご相談したいことがあります」と丁寧に伝え、要点をまとめて簡潔に伝えるスキルが不可欠です。
- ○チーム医療では、多職種との情報共有が不可欠であり、礼儀や気遣いを示すことで長期的な信頼関係が構築されます。
現場の課題を解決に導く「課題解決力」(ロジカルシンキング)
仕事には常に「うまくいかないこと」がつきものであり、現状を整理して「じゃあどうすればいいか」を考えられる人は重宝されます。
- 問題解決のプロセス
課題解決力は、課題発見力と論理的思考力を軸に構成されます。- 1. 現状と理想のギャップを把握し、課題を明確化する(数値化・言語化)。
- 2. 当たり前と思っている業務の中に潜む潜在的な課題に気づき、原因を突き止める。
- 3. 解決策を検討し、適切な計画を立てて実行する。
- 薬剤師業務への応用
複雑な症例やポリファーマシー(多剤併用)に直面した際、論理的に薬物治療の有効性・安全性を評価し、継続可能な処方提案を行う際にこの力が活かされます。 - トレーニング方法
課題解決力は経験によって培われます。日々の業務で問題が起きたときに原因を考える癖をつけることや、ロジカルシンキング(情報を体系的に整理し、矛盾なく道筋を立てる思考法)を実践することで鍛えられます。
第3位:新しい業務に対応する「IT/デジタル活用スキル」
デジタル化が進む医療現場では、電子カルテや処方箋管理システム、生成AIなどのIT技術が広く利用されています。
- 必須となる基本スキル
- ○基本的なExcelやスプレッドシートの操作、ZoomやSlackなどのビジネスツールの使いこなしは当たり前のように求められています。
- ○処方箋管理システムや電子薬歴(薬歴の紛失リスクが少なく、迅速な検索が可能)をスムーズに操作できるスキルは、現代の薬剤師にとって必須です。
- 将来の業界動向とIT
- ○国は電子処方箋の普及やマイナ保険証の利用率向上を強く推進しており、これらに対応する体制の評価として「医療DX推進体制整備加算」が新設されました。
- ○ITスキルは、薬局や職場が変わっても活かせる汎用的スキル(ポータブルスキル)であり、効率的な業務遂行だけでなく、キャリアの安定性・持続性に直結します。
- ○調剤補助業務が非薬剤師にシフトする中で、薬剤師が対人業務に集中するための業務効率化にIT活用が不可欠であり、ITスキルを持つ薬剤師は採用側が重視するポイントとなっています。
第4位:医療の質を支える「処方監査・疑義照会スキル」
処方監査は、誤った薬剤や過剰な薬剤の処方などを未然に防ぎ、患者の安全と医療の質を守るために欠かせない、薬剤師の最も重要な責務の一つです。
- 監査の手順と内容
処方監査は、「処方箋の形式的監査」と「処方箋内容の薬学的監査」の2段階で行います。特に薬学的監査では、薬歴や患者情報に基づき、重複投与や相互作用、副作用歴がないかを確認します。 - 疑義照会の実践
処方箋に疑問点や不明な点が生じた場合、薬剤師法第24条により、必ず処方医に問い合わせて確かめなければなりません。- ○照会内容は薬剤特性、効能効果、用法用量、薬剤相互作用、重複投与など多岐にわたります。
- ○医師への照会時には、要点をまとめ、代替案を用意してから連絡することが、円滑な業務遂行につながります。
第5位:専門性を高め、チームを動かす「マネジメント基礎力」
20代のうちは、直接のマネジメント経験がなくとも、「将来のリーダー候補」として評価されるマネジメントの基礎となるスキルを身につけておくことが重要です。
- 教育スキル(ティーチング)の重要性
- ○後輩育成ができる薬剤師は、転職市場で非常に高く評価され、管理薬剤師候補として通常より高い年収を提示されることもあります。
- ○指導の基本は、「目標を具体的に共有する」ことや、「失敗を責めず、改善点を一緒に考える」姿勢です。
- 組織運営への貢献
- ○剤師の業務には「レジ打ち、品出し」「機械的な調剤業務」など薬剤師である必要がない業務も含まれるため、これらの業務を非薬剤師(調剤補助員やテクニシャン)に任せることで、薬剤師が「処方監査」や「服薬指導」といった専門性の高い業務に集中できる環境を整えることができます。
- ○この「業務の仕分け」や「スタッフの能力を見極める力」が、将来の管理薬剤師や薬局経営者に求められる重要な基礎力となります。
転職市場で「選ばれる薬剤師」になる戦略
20代のキャリアパス:専門性か、管理職か、越境転職か
薬剤師のキャリアパスは多様ですが、20代という早い段階で「ポータブルスキル」を身につけることが、将来の選択肢を広げます。
- 専門性を深める
- ○認定薬剤師や専門薬剤師の資格取得は、特定の医薬分野での知識と技術を深め、チーム医療への貢献度を高めます。
- ○例えば、「がん薬物療法認定薬剤師」や「緩和薬物療法認定薬剤師」といった専門資格は、高度な薬学的管理が必要な分野で有利に働きます。
- 管理職を目指す
- ○管理薬剤師経験は、調剤薬局の開設・運営に不可欠なため、年収をはじめ有利な条件で転職できる可能性が高まります。
- ○大手のドラッグストアでは、管理職として700万円超を目指せるケースもあり、収入アップを重視する人に向いています。
- ○ただし、大手企業(1,000人以上)では、勤続年数が長くなるほど(15年以上)中小企業よりも所定内給与額が高くなる傾向が見られますが、20代~30代前半の給与水準は企業規模による差が小さいか、むしろ中小規模(100~999人)の方が高い場合もあるため、初期キャリアでは成長環境やスキルの習得を重視すべきです。
- 越境転職(異業種転職)
- ○製薬会社のMRや薬事に関わる仕事は、病院や調剤薬局と比べて倍以上の収入を得られる場合があり、高い給与を得たい場合の選択肢となります。
- ○異業種・異職種への転職(越境転職)は、他の業界の知見やノウハウを持ち込むことで新しい発想を生み、企業から注目されています。薬剤師の知識を活かして、CRO(治験コーディネーター)やメディカルライター、医療系の翻訳業務といった企業勤務へのキャリアチェンジも可能です。
求人情報だけでは見えない「ブラック薬局」のサイン
転職で後悔しないためには、求人票だけでは見えない職場のリアルな実情(ネガティブな情報)を把握することが不可欠です。
- 労働環境に関するレッドフラッグ
- ○残業代未払いやサービス残業を経験した薬剤師は多く、これはブラック薬局の最多事例です。
- ○年間休日が110日以下である、残業代が40時間込みの固定になっている、応援・異動が多いなどの特徴を持つ薬局は、採用が難航している傾向があります。
- ○いつ見ても求人を出している薬局や極端に待遇が良い求人は、すぐにスタッフが辞めてしまうなど、何かしらの問題がある可能性が高いとされています。
- 教育・人間関係に関するレッドフラッグ
- ○苦手な人がいる、陰口や悪口を言う人がいる、繁忙時やトラブル時に協力体制がないことが、薬剤師が人間関係に不満を抱く主な理由です。
- ○研修制度やサポート体制が整っていない職場では、スキルアップが難しく、仕事の幅も広がりにくいという問題があります。
- 見極めの戦略
- ○職場見学や客としての来店を通じて、従業員が疲れていそうに見えないか、人間関係の雰囲気が悪くないかをチェックすることが、ブラック薬局を見分ける最も効果的な方法です。
- ○転職エージェントに、職場の環境や人間関係などの内情について詳しく情報収集してもらうことも確実性を高めます。
今すぐできる!市場価値を高める具体的なステップ
20代のうちは、「今持っているスキルをどう伸ばしていきたいか」「学ぶ姿勢があるか」が大きな評価ポイントになります。
- 自己分析と目標設定の明確化
- ○まずは「なぜ転職したいのか」「転職先で何をしたいのか」といった真の理由を深く掘り下げましょう。ネガティブな理由(人間関係がつらいなど)も、「チームで働きたい」「自分のポジティブな特徴を発揮したい」など、「なりたい私」を見据えたポジティブな言葉に置き換えることが、転職を有利に進める鍵となります。
- ○「将来どうなっていたいか」を目標から逆算して、必要な経験やスキルを棚卸しし、キャリア設計を立てましょう。
- 実践的なスキルの習得
- ○コミュニケーション能力を高めるため、日常の対話の中で傾聴力や質問力(患者さんの状況を引き出す力)を磨きましょう。
- ○ITスキルは、独学でも習得可能です。基本的なパソコン操作だけでなく、ロジカルシンキングを駆使してデータ分析や業務改善を試みるなど、実践を通じて応用力を高めましょう。
- プロの支援を最大限に活用する
- ○転職エージェントは、あなたのキャリア・スキルが転職市場でどう評価されるかを客観的に示してくれます。
- ○非公開求人や、自分一人では入手しにくい職場のリアルな情報を提供してくれるため、後悔のない転職を実現するためにプロの支援を積極的に活用しましょう。
キャリアの可能性を広げるために
薬剤師の20代は、キャリアの基礎を築くための最も重要な時期であり、成長への意欲(ポテンシャル)が評価される最大のチャンスです。
今、あなたの職場が「対物業務中心で、対人スキルやマネジメントスキルを学ぶ機会がない」「教育体制が不十分で、成長実感が得られない」と感じるならば、それはあなたの市場価値を高める機会を逃しているサインかもしれません。
理想のキャリアを実現するためには、「借りられる額」ではなく「安心して返せる額」の住宅ローンを選ぶように、「免許があるから入れる会社」ではなく「自分の市場価値を最大化できる会社」を意識的に選ぶことが重要です。
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