2026年度(令和8年度)の診療報酬・調剤報酬改定の議論が本格化しています。今回の改定は、単なる点数の増減にとどまらず、薬局業界の「構造改革」を決定づける極めて重要な分岐点になると予測されています。

これから転職を考えている薬剤師の方々にとって、この改定の行方を知ることは、単に「どの薬局が儲かるか」を知ることではありません。「どの薬局が生き残るか」、そして「薬剤師としてどのようなスキルセットが求められる時代になるか」を予測し、ご自身のキャリアを守るための必須教養です。

本コラムでは、膨大な審議会資料や業界動向の中から、転職活動中の薬剤師が特に押さえておくべきポイントを厳選し、2026年改定の行方を読み解きます。

はじめに:2026年改定は「選別」と「淘汰」の号砲

2026年度の診療報酬改定に向けた議論が進む中、厚生労働省や財務省の資料から浮かび上がってくるメッセージは明確です。それは、薬局業界における「小規模乱立の是正」と「機能分化の徹底」です。

これまでの改定でも「対物から対人へ」というスローガンは掲げられてきましたが、2026年改定では、その実効性を高めるために、報酬体系の骨格そのものにメスが入る可能性が高まっています。特に、立地の優位性だけで経営が成り立っていた「門前薬局」や、実質的な地域貢献が伴わない「名ばかり機能薬局」にとっては、かつてないほど厳しい改定となるでしょう。

転職を検討されている皆様にとっては、応募先の薬局がこの荒波を乗り越えるだけの「体力」と「戦略」を持っているかを見極めることが、ご自身の生活とキャリアを守る上で最重要課題となります。

改定の基本方針とマクロ経済情勢

物価・賃金高騰への対応と現役世代の負担軽減のジレンマ

今回の改定議論の最大の焦点は、「物価高騰・賃上げへの対応」と「医療保険財政の持続可能性」のバランスをいかに取るかという点にあります。

日本経済はデフレからインフレ基調へと移行しつつあり、医療機関や薬局も光熱費や人件費の高騰に直面しています。これに対し、政府は「物価や賃金、人手不足等の環境変化への対応」を重点課題とし、診療報酬による下支えの必要性を認めています。特に、医療・介護現場で働く従事者の賃上げに向けた対応は、人材確保の観点からも急務とされています。

しかし一方で、現役世代の社会保険料負担は限界に達しつつあります。財務省の財政制度等審議会(財政審)は、診療報酬の引き上げがそのまま国民負担(保険料増)に直結することを強く懸念しており、単にコスト増を価格転嫁するのではなく、医療提供体制の効率化や適正化を強く求めています。つまり、プラス改定の財源を捻出するために、非効率な部分(過剰な調剤報酬など)は徹底的に削減される「メリハリの効いた改定」となることは避けられません。

「医療・介護産業の構造的見直し」という重いキーワード

特に注目すべきは、財務省が提言する「医療・介護産業の構造的見直し」です。過去30年間で製造業の従事者が減少・生産性が向上したのに対し、医療・福祉分野は従事者が激増したにもかかわらず生産性が横ばいであると指摘されています。 人口減少が進む日本において、これ以上の労働投入量の増加は持続可能ではありません。そのため、ICTやAIの活用、タスク・シフト/シェアによる業務効率化、そして「経営の大規模化・協働化」が強く推奨されています。これは、小規模な薬局が乱立している現状に対し、M&Aやグループ化による集約化を促す政策誘導が行われることを示唆しています。

調剤基本料・加算の抜本的見直し

転職先選びにおいて最も警戒すべきは、その薬局の収益構造が「制度の歪み」に依存していないかという点です。2026年改定では、以下の3つのポイントで大きなメスが入ると予想されます。

「門前薬局」モデルの終焉:調剤基本料1の厳格化

長年議論されてきた「調剤基本料1」の要件が、いよいよ抜本的に見直される公算が高まっています。 現行制度では、処方箋集中率が高くても、受付回数やグループ規模などの条件をクリアすれば、高い点数である「調剤基本料1」を算定できるケースがありました。しかし、中医協や財政審では、特定の医療機関からの処方箋に依存しているにもかかわらず、高い報酬を得ている薬局(いわゆる門前薬局)に対して厳しい視線が注がれています。

具体的には、「処方箋集中率が高い薬局は、受付回数にかかわらず調剤基本料1の適用外とすべき」という議論が進んでいます。もしこれが実現すれば、立地依存型で経営してきた中小規模の門前薬局は大幅な減収となり、経営危機に陥る可能性があります。転職先が「特定の病院の処方箋だけで成り立っている」場合、その将来性には大きなリスクがあると言わざるを得ません。

後発医薬品調剤体制加算の「廃止・再編」議論

これまで薬局経営の大きな収益源であった「後発医薬品調剤体制加算」にも、廃止または大幅縮小の可能性が出てきています。 政府の目標により、後発医薬品の使用割合は数量ベースで8割を超え、多くの薬局で9割近くに達しています。中医協では「普及という役割は終えた」「当たり前の業務に加算をつける必要はない」という意見が支払側委員から出されており、加算自体を廃止し、逆に低い使用割合の薬局に対する「減算」措置へと転換する案も浮上しています。 また、今後は「バイオシミラー(バイオ後続品)」の使用促進が新たな評価軸になると見られており、従来のジェネリック医薬品の在庫を揃えているだけでは評価されない時代へと突入します。

地域支援体制加算は「体制」から「実績」評価へ

「地域支援体制加算」は、かかりつけ機能や地域連携を評価する重要な加算ですが、これまでは設備や人員配置などの「体制」要件が中心でした。しかし、厚労省は次期改定の方針として「体制から実績へ」の転換を明確に打ち出しています。

現状、地域支援体制加算を算定していても、夜間・休日対応の実績がほとんどない、麻薬調剤の実績が極めて少ないといった薬局が存在することが問題視されています。今後は、実際にどれだけ時間外対応をしたか、在宅医療に関わったかという「実績」がシビアに問われることになります。さらに、現在は調剤基本料の区分によって要件のハードルが異なりますが(基本料1の薬局は要件が緩い)、これを撤廃し、どのような形態の薬局であっても同等の地域貢献実績を求める「実績要件の統一」も議論されています。

対人業務・在宅医療の評価はどう変わるか

生き残る薬局のキーワードは「対人業務」と「在宅医療」です。これらは、薬剤師としての職能が最も発揮される分野であり、転職においてもこれらのスキルを磨ける環境かどうかが重要になります。

在宅医療における「薬剤師同行」の新たな評価

在宅医療のニーズは急速に拡大していますが、2026年改定では、単に薬を届けるだけでなく、より質の高い関与が求められます。 注目されているのが、「往診時の医師と薬剤師の同行」に対する評価の新設です。中医協の調査では、薬剤師が医師の往診に同行した場合、処方提案や減薬の実施率が有意に高まるというデータが示されました。これを受け、ポリファーマシー(多剤併用)対策や副作用防止の観点から、医師と薬剤師がチームとして動くことへのインセンティブが検討されています。 これまでの在宅業務は「薬局から患家へ」の移動が主でしたが、今後は「医師と共に患者を診る」という臨床的な動きが評価されるようになります。これは病院薬剤師に近いスキルセットが調剤薬局でも求められることを意味します。

リフィル処方箋・長期処方への対応力が問われる

2022年度改定で導入されたリフィル処方箋ですが、その普及率は0.07%(2024年7月時点)と極めて低調です。しかし、財務省や厚労省はこの状況を問題視しており、医療費適正化とタスク・シフトの観点から、KPI(重要業績評価指標)を設定して強力に推進する構えです。 リフィル処方箋の応需は、医師の診察なしに薬剤師が患者の状態を確認し、調剤の可否を判断する高度な業務です。また、長期処方の増加に伴い、来局間隔が空く患者に対する「服薬期間中のフォローアップ(テレフォン等)」の重要性も増しています。 「処方箋通りに薬を出す」だけの業務は減少し、患者の病状変化をモニタリングし、必要に応じて受診勧奨を行うというトリアージ機能が薬局に求められます。

ICT・医療DXの活用が「加算」から「標準」へ

マイナ保険証の利用率向上や電子処方箋の導入など、医療DXの推進は待ったなしの状況です。これまでは「医療DX推進体制整備加算」などで導入自体が評価されてきましたが、今後は「システムを使って何をしたか」が問われます。 例えば、重複投薬の防止や、他科受診情報の把握による相互作用のチェックなど、データを活用した服薬指導の実績が評価の対象となります。また、国は「サイバーセキュリティ対策」も重視しており、十分なセキュリティ対策を講じていない薬局は経営リスクを抱えることになります。 転職先を選ぶ際は、電子薬歴やオンライン服薬指導システムなどのDXツールが整備されているかはもちろん、それらを活用して業務効率化や患者サービス向上に取り組んでいるかを確認する必要があります。

転職市場への影響:これからの薬剤師に求められるもの

ここまで見てきたように、2026年改定は薬局経営に大きなインパクトを与えます。では、転職を考える薬剤師は具体的にどう動くべきでしょうか。

「選ばれる薬局」と「取り残される薬局」の見極め方

今後、経営が厳しくなるのは以下のような薬局です。

  1. 〇特定の医療機関からの処方箋に依存し(集中率が高い)、地域支援の実績が乏しい。
  2. 〇後発品の備蓄率だけで加算を稼いでおり、バイオシミラーや在宅医療への対応が遅れている。
  3. 〇経営層がDX投資に消極的で、業務効率化が進んでいない。

逆に、将来性があるのは以下のような特徴を持つ薬局です。

  1. 〇「面」での処方箋応需を進め、特定医療機関への依存度を下げている。
  2. 〇在宅医療に本格的に取り組み、無菌調剤室の共同利用や他職種連携の実績がある。
  3. 〇医療DXを活用し、対人業務の時間を創出している。
  4. 〇賃上げの原資を確保できるだけの経営規模、または高い生産性を持っている。

特に、2026年改定では「賃上げ」への対応が必須となります。診療報酬改定で得られた原資を適切に職員に還元できる経営体力があるか、ベースアップ評価料の算定・届出を行っているかは、ブラック・ホワイトを見分ける一つの指標となるでしょう。

転職面接で確認すべき「3つの実績」

面接の際には、以下の3点を確認することをお勧めします。これらは2026年改定で生き残るための必須条件だからです。

  1. 1.「地域支援体制加算の実績要件(夜間休日対応や在宅実績)はどのようにクリアしていますか?」
    ○単に届出しているだけでなく、実働しているかが重要です。「名ばかり」であれば、改定で加算が剥奪されるリスクがあります。
  2. 2.「医療DX(電子処方箋やオンライン服薬指導)の導入状況と、現場での活用度はどの程度ですか?」
    ○ツールを入れて終わりではなく、現場の薬剤師が使いこなせているかを確認しましょう。業務負担軽減に繋がっているかがポイントです。
  3. 3.「在宅医療において、医師の往診同行の機会はありますか?」
    ○同行の実績がある薬局は、地域の医療機関と深い信頼関係を築けている証拠であり、薬剤師としてのスキルアップ環境としても優れています。

おわりに:変化をチャンスに変えるキャリア戦略

2026年度調剤報酬改定は、既存の「薬局ビジネスモデル」の転換を迫る厳しいものになるでしょう。小規模な門前薬局の淘汰は避けられず、業界再編は加速すると考えられます。しかし、これは意欲ある薬剤師にとってはチャンスでもあります。

「対物業務」から解放され、真に患者さんの健康に寄与する「対人業務」に注力できる環境が整いつつあるからです。制度が求める「かかりつけ機能」や「高度な薬学的管理」を実践できる薬剤師は、どこの薬局に行っても重宝され、高い処遇を得られる時代になります。

転職活動は、ご自身の市場価値を再確認し、将来のビジョンを明確にする絶好の機会です。目先の給与や条件だけでなく、「2026年以降も生き残れる薬局か」「自分が薬剤師として成長できる環境か」という視点を持って、新たなステージを選んでください。このコラムが、皆様のキャリア選択の一助となれば幸いです。